2008年2月8日の本ホームページ開設以来、多くの方にご訪問いただきましたが、2008年夏、白水淡のひ孫の方からメールをいただきました。そして、その方の父上(白水淡の孫)と電話でお話をさせていただきました。
白水淡の三女のご長男で、仮にTさんといたしますが、白水にとって初の男孫となられた方です。Tさんは御年80歳になられます。
白水は初の男孫を大変喜んだそうで、今回見せていただいた史料からもそれをうかがい知ることができます。残念ながらTさんがご幼少の頃に白水は亡くなっており、存命中の記憶はほとんどないとのことでした。
また、Tさんの父上は満州で中学校教頭をなさっていたようですが、白水淡や乃木希典の史料も戦後の混乱で満州に置いてきてしまっており、ほとんど残っていないそうです。
しかしそれでも、私達部外者では持ちえないような史料・写真をお持ちで、ありがたいことにそれらを送っていただきました。
今回、それを反映させ、一部加筆・訂正しています。主な変更点は、
です。また、いただいた写真も各ページにちりばめました。
同時に、
これは、糸島郷土民俗史研究会の前田さんが見つけて教えてくださったものです。きっと探せば他にももまだ白水の墨蹟はあるだろう思います。さらに、Tさんの息子さんは、宇都宮にも白水の墨蹟はかなりあるようだと教えてくださいました。第十四師団長が最終職歴ですので、当然宇都宮にもあるでしょう。いつか見に行きたいものです。
ついでに、誤字もいくつか訂正しました。特に18○○年を19○○年としていた箇所が多数あり、白水が結婚したのがほんの2〜30年前になっていました。お詫びして訂正します。
尚、もしかするとご親族にとって、卒業生徽章事件等はあまり触れて欲しくないものかもしれません。でも私にとってはこれこそが白水に興味をひかれたきっかけであり、これを抱えて中将までなり、出世してもなお旅順を気に病んでいた様子が伺えるというのが、人間白水淡の魅力ではないかと考えています。
ご連絡いただき、史料まで送っていただいたTさんとそのお子様に感謝します。
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